5月15から6月16日間、5班編成に分かれ4泊5日間の日程で実施した、米沢電気工事社員「台北研修旅行」の研修レポート第四班、第五班を先般に引き続き掲載させて戴きます。

【第四班 研修レポート 本社 システム工事部 情報通信課 A.S】
まだ、梅雨明けきらぬ小雨が降る台北空港に降り立ち、台湾研修旅行が始まりました。
台湾での初日は先のグループと同様に台北の市内観光に出かけました。まず驚いたのは通りを慌ただしく走る小型バイクの数に驚きを感じました。ちなみに緑色のナンバープレートが原付(50cc)だそうです。またコンビニが街の至る所にあること。有名な博物館や寺院など駆け足でめぐり、その中で立ち寄った寺で何かの記念日なのか大勢の台湾市民のお参りのシーンに巡り合わせ、台湾人の宗教に対する奥深い感情に少しだけ触れた気がしました。またその寺のおみくじのやり方がとても風変りでした。故宮博物館では有名な白菜や象牙の細工品など数多くの展示品を見た印象より、約64万点にものぼる貯蔵品の数とそれを展示するには20年の年月を要すると言うことの方が新鮮な驚きを感じました。台北の街の印象は、数多くの歴史的建造物が立ち並ぶ古びた街並みがある一方で、台北101を代表とする近代社会の顔をのぞかせる台北の街は独特なコントラストを醸し出しているように思えた。観光日程2日目は天候も熱帯気候の暑さを感じさせるほどになり皆バテ気味であった。そんな中、八田与一が台湾に残した偉大なる功績の象徴である烏山頭ダムを散策しました。日本においては馴染みの薄い八田与一の名も、占領下で遠い異国の地で彼が成し遂げた軌跡をたどってみると、台湾の人々にとって一番有名な日本人であることはうなずけました。現在において、彼の功績が台湾市民の親日感情を支える一端を担っていると実感しました。また、彼の銅像の恰好がなんとも滑稽でありユーモラスに溢れていてなんとなく親しみを感じました。3日目はフリ-タイムで『グルメツアー』に出かけました。朝8時半出発!夕方4時頃まで飲茶・小籠包・フカヒレ・北京ダック・宮廷菓子など計7軒の店をハシゴしました。途中市内観光をはさみながら、かなり駆け足で巡りましたが話に聞いたほど死ぬほどの満腹感は感じませんでした。ちなみに料金は一人4200元でした(ちょっと高級?)。台湾料理・広東料理とこの旅行中いろいろ食べましたが、多少日本人には苦手な味付けはありましたが比較的美味でした。特に小籠包(世界的に有名)と北京ダックは絶品でした。また、夜の街での気さくで親しみやすい台湾の人たちとのふれあいもまた楽しい思い出のひとつになりました。
今回の旅行で、歴史上日本が侵略者である悪いイメージを抱かせる他の国(中国・韓国)の対日感情に比べて、台湾の人たちの友好的な対日感情に触れ、戦争における日本の行いにも善のイメージを抱かせるものを残してきたこと知り得たことは大きな収穫でした。また是非行きたいと思います。
【第五班 研修レポート 東京支店 工務部 T.M】
2年ごとに行われる海外研修、今年度は、台北4泊5日の日程で5月15日より5班に分かれて行われました。東京支店からは、本社に次ぐ人数の40名が参加しました。私の参加した班は、5班のため1~4班の参加者からある程度の行程を聞いて事前準備を行っての参加でした。しかし現地では思っていた以上の時間に追われての行動のため各所の滞在時間が少なく慌てての見学となりもう少しここでは見ていたいなと感じられるなど慌てることの多い研修でした。台北研修の1日目のスタートは龍山寺から中正紀念堂、台北101、故宮博物院と 台北市の四大外国人観光地を参拝や見学しまた。台北101は、2008年完成した当時は世界一位の建造物で、この建物では東芝製エレベータの速度に圧倒されました。時速60.6kmで89階まで一気に上昇しているのですが全く揺れを感じずに展望階へ、日本が世界に誇る技術力の一つであることに感動です。もう一つ 大変興味が沸いたのがダンパーです。風圧に対する制振設備は、頻繁に接近する台風などを考慮して設計され、このTMDにより理論上は風力による振動を最大40%抑制できるらしいです。

2日目は今回の研修目的だった台湾高速鉄道の利用と金沢市出身の八田 與一氏が台湾嘉南平野で行った灌漑設備事業・烏山頭ダムに対する功績の認識でした。烏山頭ダムへは、台湾高速鉄道を利用しての移動でした。この高速鉄道は、欧州連合のシステムで導入予定だった物が、最終的に台湾政府は地震警報装置の導入していた日本方式に急遽変更され、導入後に違約金を払ったと聞きました。政治的兼ね合いがあるにしろ、日本方式を導入してもらった事に対しては感謝したいと思います。現在アメリカ・南米などでも政府が新幹線の売り込みを行っているので、日本独自ではなく世界の基準となれば導入が増えていくのになと思います。(大変なことですが)
八田氏は1886年金沢市出身、1942年に24歳で台湾に渡り56歳の時フィリピンに新たな灌漑設備工事に向かう途中潜水艦の攻撃で亡くなるまでの34年間のほとんどを台湾の為に尽くしたとのことでした。人生の大半を過ごした台湾で行った事は、烏山頭ダムと1万6000Kmの灌漑用水路の建設です。当初は雨が降れば川が氾濫し、また雨が降らなければ水が供給できないため穀物が育たないような地域だった嘉南平野が、現在は台湾最大の穀倉地帯に変貌したのは八田氏の 灌漑設備によるもので1920年の工事着工に際し事前に6年もの時間をかけて工事着手に伴う現地の確認、それも自分自身で把握しなければ工事は出来ないと、全て自分で現地確認を行ったとという事には八田氏の仕事に対する生真面目さが感じられました。工事も10年に及ぶ為、工事は困難を伴い、工事を安心安全に行うには環境を整えなくてはこのまま工事を進めることが出来ないと進言し、また作業員の家族を一つにまとめる為に家族の住居、商店、娯楽設備、学校などを整備して作業員が心配することなく工事を進めるための環境を整えた事には純粋にすごいなと思いました。昨今 利益の追求の為安全が軽視されがちな今、安全の元にもなり得る作業員の不安事項の削減を環境整備などから行っていたことに関しては、ただ安全にと言うだけではなくあらゆる方向から検討したほうがいいと考えさせられました。工事終了後も八田氏が地元の人々に愛されていると言う事が判ったのは八田氏の銅像が蒋介石の日本統治の跡形をなくそうとしていた頃に烏山頭管理事務所の人たちにより現在あった場所より隠され保管されていたと言うことでした。

【第四班 研修レポート 名古屋支店 業務 T.A】
この度、私は6月5日~9日まで台湾研修旅行に行かせていただきました。
名古屋から飛行機で3時間ほどで着いてしまいました。
6月は梅雨の時期と聞いていたので雨を覚悟して行きましたがあまり降られる事もなく天気に恵まれた5日間でした。
2日目の台北市内観光では台北屈指のパワースポットでもある龍山寺でお参りをし、次に向かったのは中正紀念堂、白亜の建物がとても美しく建物の中には蒋介石の大きな銅像がありその大きさに驚きました。そして午前中最後に向かったのはアジアで1番の高さの台北101、曇りだったのであまり景色はよくありませんでしたが下を見下ろすと足がすくんでしまうほどでした。午後からは忠烈祠での衛兵交替式は一糸乱れぬ行進と拳銃さばきには圧倒されてしまいました。そして故宮博物館に展示されていた翡翠で作られた白菜にはとても小さい中にキリギリスやイナゴがしがみついていて子孫繁栄という意味があるそうです。夕飯後、夜市に出かけ人の多さはお祭りのようでした。
3日目は今回の研修のテーマでもある八田技師が造られたダムなど見学しました。まず新幹線に乗って向かうのですが日本よりも乗り心地がよかったような気がします。バスで記念館に向かう車中でガイドさんのお話や記念館でのビデオや展示してある物や写真で昔の技術でしかも人力であれほどの大きさのダムを造ることは私には想像がつかないくらい大変苦労されて造られたものだと感じました。そして、ダムで働く方や家族をとても大切にされてたことや働く人の家族のことまで気にかけていたと言うお話を聞きとても心の大きい優しい方だったんだと思いました。台湾の方が私たちに気さくに話しかけてくれるのは八田さんが台湾でとても愛され親しまれているからだと実感しました。
4日目の自由行動は台湾の昔の風景が楽しめる九份に出かけました。街並みは台湾の映画や日本映画の「千と千尋の神隠し」の舞台になるだけあって別世界にきている不思議な感じがしました。そして九份からみる海や街の景色は言葉では言えないくらいの絶景で時間を忘れてしまうほど見とれてしまいました。
私が感じた台湾は日本に似たところがあったり、昔の街並みが感じらたり場所によって全く違う風景が楽しめて見学したところはどれももう一度訪れたい場所になりました。


